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取材日:2013年09月22日 知多

村木神社のおまんと 東浦町村木神社

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おまんとは神社の境内で丸太で作った円形の馬場をつくり、そこを走らせた馬に若い男子が並走してしがみつく度胸比べのような祭です。おまんとの前には神馬を飾り立てて、神輿とともに、近くの八剱社まで町内を練り歩きます。村木神社にある由緒書きによれば、おまんとの起源は織田信長が今川義元を打ち破った桶狭間の戦の直後に戦勝祝いにと尾張の村々が清須まで馬を走らせた故事にならったものだそうです。なるほど、そう言われると八剱社まで参るのも理があると思います。この村木の地は今川の進出を受けて織田と今川で激戦が行われたところで八剱社はまさしく織田が今川から奪還した村木の砦があった場所、この戦は「村木砦の戦い」と呼ばれているそうです。まさに村の運命を決した場所とも言えるところと言えるます。盛大に行われる高浜のおまんとに比べると規模は小さいですが、歴史を感じさせる由緒書きや八剱社への神馬の行列など興味深いものがあります。


開催時期:9月第4日曜日(開催日時は主催者にご確認ください)
ところ:東浦町村木神社
交通:JR武豊線尾張森岡駅から徒歩7分
公式HP:http://www.higashiura.or.jp/kanko/event/omanto.html


 

おまんとの朝、住宅地の公園の風景は一変します

おまんとの朝、住宅地の公園の風景は一変します

 

おまんとに先立って、神馬と小さな山車が曳き出されます

おまんとに先立って、神馬と小さな山車が曳き出されます

 

神馬、この装飾で引き出される様子は山車祭の原型のようにも見える

神馬、この装飾で引き出される様子は山車祭の原型のようにも見える

 

八剱社、かつては海に突き出た要塞で、今川と織田の戦場となった場所

八剱社、かつては海に突き出た要塞で、今川と織田の戦場となった場所
この土地と織田信長の関わりが感じられる

 

おまんと 疾走する馬にしがみつく度胸試し

おまんと 疾走する馬にしがみつく度胸試し

 

直径30mくらいの円形の馬場で行われる

直径30mくらいの円形の馬場で行われる

 

無我夢中で馬に体を寄せます

無我夢中で馬に体を寄せます

 

目の前を疾走する馬はとても迫力があります

目の前を疾走する馬はとても迫力があります


 

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